予知霊ミカと三日月はづきがお送りいたします。
服を後前に着てしまい恥をかいてしまった…
そんな経験のある方は多いのではないでしょうか?
日常のちょっとした笑えるミスではありますが、これには実はいくつものスピリチュアルな意味が込められていることがございます。
今回はこのテーマを掘り下げてまいりましょう。
服を前後逆にきてしまうことのスピリチュアルな意味は?
ターニングポイントが近い
人生を大きく変えるターニングポイントは、ドラマチックな幕開けと共にやってくるとは限りません。
むしろ、その前触れは日常の中に潜むわずかな変化やいつもはしないようなミスとして現れることが多いのです。
それが普段ならあり得ない服を前後逆に着てしまうといった些細な出来事なのです。
これを単なるドジや不注意として片付けてしまうのは早計です。
スピリチュアルな視点や心理学的な側面から見れば、これは潜在意識が現状の枠組みを超えようとしている、あるいは大きな変化の波が近づいていることを知らせるサインといえます。
こうしたケアレスミスが起きたとき、そこには「今の自分を一度客観視し、足元を固めなさい」という重要なメッセージが込められています。
一見すると「注意力が散漫になっている」という警告にも聞こえますが、実はその逆です。
このメッセージを「ケアレスミスにさえ気をつければ、これから訪れる運命の転換期を確実にものにできる」というポジティブな道標として捉えてみてください。
些細なミスを成功への準備運動へと変換しましょう。
目の前の小さな綻びを丁寧に整えることで、あなた様は間もなく訪れる大きなチャンスを、最高の状態で迎え入れることができるはずです。
負のカルマの影響が強まっている
カルマとは仏教用語で、「自分の成した行いは自分に返る」という法則のことを言い、「因果応報」「業」「原因と結果の法則」などとも言われます。
誰かを傷付ければ同じような形で誰かに傷付けられる。
また、誰かを助ければ、同じように誰かに助けられる。
良い事をした人には良い事が起こり、悪い事をした人にはきちんと罰が当たる。
それがカルマです。
そしてカルマは主に以下の三つに分類されます。
■行動のカルマ
「良くない行動のカルマ」殺生・暴力・盗み
「良い行動のカルマ」救助・看病
■言葉のカルマ
「良くない言葉のカルマ」罵倒・陰口・嘘
「良い言葉のカルマ」褒める・励ます
■気持ちのカルマ
「良くない気持ちのカルマ」嫉妬・嫌悪
「良い気持ちのカルマ」同情・思いやり
この良くない行動、言葉、気持ちのカルマは、よほど気をつけていないとたまりがちです(特に良くない気持ちのカルマ)
「なんとなく調子が悪い、いつもよりミスが増えた」と感じる時、私たちの内側ではネガティブな感情のカルマが蓄積されています。
そのサインはドラマチックな不幸ではなく、ごく些細な日常のボタンの掛け違いとして現れます。
服の前後を逆に着てしまったりするのはその典型です。
他には見慣れた時計の針を読み間違えたり、あるいは何度もやり取りしている取引先の名前を書き間違える、馴染みのある地名を勘違いするといった、普段ならあり得ないミスが頻発するのです。
これらはただの不注意ではなく、心の淀みが現実との間に生じさせているズレに他なりません。
一つひとつは小さなミスですが、それが重なる時は心が発している「一度立ち止まって、内面を整えて」という警告なのです。
悪霊が悪さをしている
ただ服の裏表を間違えたり、前後に着てしまうといった些細なミスでも、連発してしまう場合は悪霊が良くないことをしている可能性がございます。
人間に害をなすことを至上の喜びとする悪霊に憑依されると、まず目に見える形でトラブルや不可解なミスが頻発するようになります。
それらはただの不運ではなく、悪霊が仕組んだ緻密な嫌がらせなのです。
昨日まで完璧にこなしていた業務で足元をすくわれ、身に覚えのないクレームの嵐にさらされたり、些細なミスが増える。
こうした負の連鎖は、私たちの精神を確実に削り取っていきます。
悪霊の真の目的は、単に作業を邪魔することではありません。
彼らが好物とするのは、人間が窮地に立たされ、絶望し、苦悶する姿そのものです。
特に日本人は「仕事」を人生の柱とし、強い責任感とプライドを持って向き合う傾向があります。
悪霊にとって、その高い志こそが格好の標的なのです。
彼らは持ち主のパフォーマンスを意図的に低下させ、本来の力を発揮できない状態へと追い込みます。
そしてその人が長年築き上げてきた信頼や自尊心を、執拗なまでのミスと不幸の演出によって完膚なきまでにズタズタに引き裂こうとします。
「自分は価値のない人間だ」と思い込ませ、魂が放つ光を曇らせること。
それこそが、悪霊が最も愉悦を感じる瞬間なのです。
反転の力が強まっている
人は誰でも反転の力を持っております。
日本史上、最も強い反転を持っていたのは菅原道真公です。
かつて道真公は政争に敗れ、無念のうちに太宰府で没しました。
その死後、都を襲った天変地異により、彼は凄まじい「怨霊(祟り神)」として人々に畏怖されました。
しかし、物語はそこでは終わりません。
その圧倒的なエネルギーを恐れた人々が単に遠ざけるのではなく、深い敬意を持って祈りを捧げたとき、その性質は180度転換したのです。
「祟る存在」は「守護する存在」へ。
「災厄の根源」は「慈愛の象徴」へ。
そして「現世の絶望」は、すべてを切り拓く「至高の知恵」へと昇華されました。
この極端から極端へのドラマチックな反転は天神様の力があったためです。
あなた様はこれまで「これさえなければ」と忌み嫌ってきたコンプレックスや、人生の汚点だと諦めていた挫折の記憶はありませんか?
実はそれこそが、将来あなた様を救う武器となるかもしれません。
大きな反発があればあるほど、それが反転した際の推進力は巨大になります。
物理学でバネを強く押し縮めるほど、放した瞬間の跳ね返りが強くなるのと同じように、今あなた様が感じている抑圧や苦しみは、未来の成功に向けた溜めのエネルギーに他なりません。
この力を発動させる鍵は、ただ一つ。
あなた様の捉え方を切り替えることにあります。
今後、もし理不尽な出来事や羞恥の極みといった体験をした場合は、思わず涙を流すような夜が訪れたなら、心の中でこう唱えてください。
「このマイナスは、巨大なプラスへ反転するために必要なことだ」
例えば満員電車の中で催してしまい、その場で漏らしてしまったとしましょう。
このような時はまさに穴があったら入りたいシチュエーションです。
多くの方の心を折れさせるには十分すぎるほどのシチュエーションでもありますが、あなた様は上記のようにお考えください。
「これほどの恥辱を味わった。だからこそ、私はより強くなれる」
この泥水を啜った経験こそが、将来の私を輝かせる唯一無二の物語になるのだと。
その瞬間、心からそう思えなくても構いません。
本心では震えていても、言葉だけで良いのです。
それは運命に抗おうとする意志の表明です。
心にも思っていなくても構いません。
その虚勢こそが、現実の歯車を逆回転させるトリガーとなりますからね。
最後に
服の前後に限らず、日常の中の些細な疑問などが生じた時はすぐにご報告ください。
それはあなた様へのスピリチュアルメッセージである可能性が高いので、私の方ですぐにそれを読み取らせていただきます。
ご希望の場合は
- 名前
- 生年月日
- 血液型
の3点を添えてご相談ください。 (※有料鑑定です)