予知霊ミカと三日月はづきがお送りいたします。
「最近、なんか山火事多く無いですか?」
と思われたあなた様は鋭いです。
確かにここ最近群馬、山梨、神奈川県の山々での山火事が頻発しております。
これは決して偶然ではなく、いくつものスピリチュアルな意味が複合的に重なり合っているのです。
今回は現場に直行して霊視してみた結果も含めて解説させていただきます。
山火事のスピリチュアルな意味とは?なぜ続くのか?
山の神の怒りを体現している
古来より、山の神は万物を育む母体であり、基本的には人間を慈しみ、守護する存在であると信じられてきました。
私たちが山に入り、その恵みを享受できるのは、神の寛大な許しがあってこそです。
しかし、その愛は決して全肯定を意味するものではありません。
山の神は人間の身勝手な振る舞いや、自然に対する不敬な行いをつぶさに観察している厳格な裁定者としての側面も持ち合わせているのです。
人間が山の規律を乱し良く無い行為を重ねると、神の心の中には少しずつ怒りのゲージが蓄積されていきます。
一度や二度の過ちであれば、神は静かに見過ごしてくれるかもしれません。
しかし傲慢さが度を越え、汚染や破壊が繰り返されることでそのゲージが臨界点に達した時、優しかった神の表情は一変します。
限界を超えた神の怒りは、単なる感情の爆発に留まりません。
それは強大なエネルギーの奔流となり、私たちの理解を超える凄まじい自然現象として具現化します。
天を割るような激しい落雷
全てをなぎ倒す台風
そして大地を焼き尽くす山火事
これらは偶然の産物ではなく、神が放つ強烈なエネルギーの顕現なのです。
山神様の怒りは人間への復讐というよりも、狂った秩序を正そうとする浄化に近いのかもしれません。
私たちは自然の猛威の前にいかに無力であるかを再認識し、神の静かなる警告に耳を澄ませる必要があるのです。
エネルギーの代謝が行われた
これは山そのものがパワースポットであり、強力なエネルギーを宿している場合にしばしば起こり得ることです。
例えば塔ノ岳は、古くから伝わる山岳信仰の歴史があるパワースポットとして有名ですが、その尾根の一つの山小屋で火事が起きてしまいました。
1月11日10時15分ごろ、丹沢・塔ノ岳(とうのだけ、1491m)の大倉尾根にある堀山の家から出火しているのが見つかった…
これも複合的な原因があると考えておりますが、その一つにエネルギーの代謝がある可能性もございます。
エネルギーの代謝なんて私たちの体でも頻繁に起きている珍しく無い現象ですが、それが山そのものですと代謝の際に強烈な時空の歪みが生じるのです。
その歪みがなんらかの自然現象を起こしてしまうことがあるのです。
もちろん、山火事自体は非常に良く無いことではありますが、エネルギーの代謝が行われるとより強力でフレッシュなエネルギーで満たされることとなります。
富士山の影響を強く受けた
富士山が見える山は関東近辺の山には非常に多いのです。
ですがそれは言い換えれば、その山は富士山の超パワーを絶えず受け続けているということ。
富士山の超パワーは言うまでもなく強力です。
世界遺産にして日本一の山の超パワーは伊達ではなく、人の人生を一変させてしまうこともあります。
ですが強力だけに浴び続けているとかえって良く無い結果となることがあります。
強烈な成分を含んだ温泉だからといって長湯したら湯中りをしてしまうのと同じようなものですね。
湯中り程度で済めば良いのですが、富士山の超パワーを良い位置で受け続けることで、エネルギーのキャパシティ量を超えてなんらかのエラーが出てしまうことがあるのです。
それがエネルギーの爆発です。
それにより山火事を、正確には山火事につながるような不幸を引き寄せてしまいます。
この扇山も秀麗富岳12景の一座になっているほど、山頂からは大迫力の富士山が見れる山なのです。
私は昨日、現場の近くで霊視をしてみましたが、富士山の超パワーの影響が顕著に出ておりました。
それは良いものもあれば、良く無いものもありましたが、良く無い方向に振り切ってしまった可能性も0ではないと言えましょう。
そして河口湖だったり、富士山駅周辺など大迫力の富士山が間近で見れる場所に住んでいる方々は、富士山の見過ぎは控えた方が良いでしょう。
実際、富士山を毎日毎日長時間見すぎてその好転反応で頭痛や吐き気などを訴える方は少なからず存在します。
浄化が必要なタイミングである
山火事という現象は、一般の方には自然災害や不注意による事故にしか見えないかと思います。
しかし広大な山々の中で、なぜか特定の範囲だけがピンポイントで狙い撃ちにされたかのように燃え広がるケースが多々あります。
もちろんそこには迅速な消火活動の功績もありますが、霊的な視点からその跡地を辿ると、そこには必然とも言える理由が浮かび上がってきます。
かつて山梨県の大蔵経寺山で山火事が発生した際、私は鎮火直後の現場へと足を運び、実際に霊視を行いました。
焼け跡に立つとそこには微かではありますが、現世に対する強い未練や執着が混じり合った「思念の吹き溜まり」のような淀んだ空気の残滓が感じられたのです。
通常、山という場所は清浄なエネルギーが流れる場所ですが、近くに墓地などがある場合、行き場を失った重たい思念が山へと登り、特定の場所に停滞してしまうことがあります。
それらが積み重なり、土地のエネルギーを著しく損なう良くないものへと変質したとき、自然界は一種の自浄作用として火を呼び込むことがあるのです。
私が現場で確認したとき、その思念はすでに火によって焼き尽くされ、魂の叫びは浄化されていました。
山火事という荒々しい現象は、実はその土地を本来の清らかな姿に戻すための、天による「荒療治」としての側面を持っているのです。
最後に
山火事に限らず、疑問に思った身近なことや自然現象があれば私までご相談ください。
それにはなんらかの意味が隠されているはずですのでリーディングにて対応させていただきます。
ご希望の方は
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- 生年月日
- 血液型
の3点を添えて下記よりご相談ください。(※有料鑑定です)
