三日月はづきと予知霊ミカがお送りいたします。
親孝行はしなくてはならない。
という強迫観念がある方は多いのでは?
もちろん、親孝行をしたいのであればした方が良いです。
ですがしたくないというのであれば、無理にやらなくても良いのです。
これは一言で言えば、場合によっては無理に親孝行をすると不幸になるためです。
とあるご相談者様の例を紹介しましょう(掲載許可はいただいております)
そのご相談者様(Bさん)はご両親のことが大嫌い。
その理由についてこのように語っておられました。
「俺の両親はぶっちゃけ低スペックなんですよ。
顔も悪い、頭も悪い、身長も低くって薄毛。
その遺伝子を全部引き継いじゃって、身長は155で止まるし、18で禿げるし、顔も両親の悪いところだけを引き継いで潰れたじゃがいもみたいな顔だし。
これまでの人生、バカにされまくり、舐められまくりでした。
おまけに親父はアル中でまともに働きもせずに、一日中家で飲んだくれでした。
だから俺は高校に行かず働いて家計を支える羽目になったんです。
今は工場で働いていますけど、転職しようにも中卒じゃ当然、ろくなところに就職もできやしない。
家計は常に火の車だから、空いた時間はバイトして恋愛も全くできなかった。
もうすぐ40なのに彼女いない歴=年齢なんですよ?
まあ、この見た目なんで家庭の事情がなくても彼女なんてできたかどうかなんて怪しいですけど。
なんでも親のせいにすんのってダサいって思いますけど、俺は親のせいで人生が滅茶苦茶になったって思っています。
だから俺は両親が憎いんです。
母も母で、なんでこんな親父と結婚して子供なんか作ったんだって感じです。
まともな頭してたら子供作ったら子供に苦労だけかけるってわかるでしょ?
本当、許せないんすよ。
だからこれから一人で暮らしていこうと思います。
もう家族のことなんか知りません。
あの家にはもう戻りたくないし、葬式にも出てやらない。
これでも良いと思いますか?どう思いますか?冷たいですか?」
このようなことを言われたら、一般的な先生でしたら
「甘えんな!!!!!!!」
「責任転嫁するな!!!!!!!」
「親孝行しなさい」
といったようにお説教をしてしまうでしょう。
しかし私はというと、このように返しました。
「それで良いと思います。
もうご両親とは関わらず、あなた様の人生を歩むと良いでしょう」
何故こう返したかというと、このままそのご家族と関わっても、無理に世間の常識に従って親孝行しようとしても、Bさんは不幸になるだけだと判断いたしました。
Bさんがご両親を憎んでいる、という点がポイントです。
正直、憎んでいたらその感情が変わらない限り、無理に関わろうとしてもお互い不幸になるだけなのです。
「血がつながっている家族だからそこはなんとかなるんじゃないか」
と思われたかもしれませんが、血がつながっている家族だからこそ遺恨は根深いものとなり、恨みつらみは消えにくくなります。
ですのであなた様がご両親のことが嫌いというのであれば、無理に親孝行はしなくて良いです。
実際、Bさんはこのアドバイスで肩の荷が降りたようで、ご両親との決別が出来、自分の人生を歩むことができるようになったようです。
これはたまにいただく質問ですので、ここでお答えしておきましょう。
親孝行はしなくてはいけないこと、と考えている方は親孝行をしないと霊界に旅立った後の転生時の査定に響くことがあるのでは?と不安になられるようです。
ですが親孝行をしないことは悪業ではありませんので、転生時の査定に響くようなこともないのです。
もちろん
「お前両親にあんなにお世話になったのに親孝行全くしてないじゃん。
葬式にも行ってないし親不孝ものだな。
お前、地獄行きな」
といったように、親孝行をしていないという理由で地獄送りになるということもありません。
ご両親と物理的・精神的に健全な関係性があり、日頃の感謝の念がある場合には自然と親孝行になる行為を自発的に行っていくのです。
これは「好きな人には尽くしたくなる」というのと似たような感情です。
ですが好きな人やお世話になった人に尽くしても、それはただのコミュニケーションの一環にしかならず、善行にはなりません。
ですのでどんなに親孝行をされていても、それが評価されるということもありません。
後悔は、一般的には「しなかったこと」から生まれます。
「あの時、〜〜するべきだった」
などですね。
しかしこれは、その方が「やりたかった」ことに限られます。
「やりたくない」ことであれば後悔することはないのです。
当然と言えば当然ですが、一般的には行うことが推奨されている親孝行でも、あなた様が「やりたくない」と思われているのであれば、後悔することはないのです。
親孝行をしないことの後悔がそれでも気になったかもしれませんね。
確かに私のいうことが絶対に正しいというわけでもありません。
そんなあなた様にはエンディングノート鑑定を紹介したいと思います。
エンディングノートをご存知でしょうか?
高齢者の方や亡くなる時期が既に決まっている方が亡くなる時に備えて自身の希望を書き留めておくノートのことです。
病気になった時の延命を望むか望まないかなどを主に書き留めておきます。
判断力・意思疎通能力の喪失を伴う病気にかかった時でもエンディングノートに希望を書いていれば、まわりの家族などはその希望通りに事を進めてくれるわけです。
終活という言葉をよく耳にしますが、いざという時にこのエンディングノートを書かれる方が多いようです。
自分は特に書くつもりはないよ、と思われているかもしれませんね。
ですがここでいうエンディングノートとは、実際に書き記したものではなく「最後に発信された思念」となります。
これは誰でも、たとえ言い残す家族や友人・仲間などがいない方でも発信される最後の思念となるのです。
その内容は大抵の場合
「もっと〇〇をしておくべきだった」
という後悔の念となります。
最後はお世話になった人に感謝の言葉を託す、などはフィクション作品ではよく見られますが、そのような感謝は実際に親しい人に口にして、思念として発信されるのが後悔なのです。
日本には本音と建前の文化がございますが、最後までこのような気遣いがあるのです。
どんな人でも思い残すことなく完璧に人生を終えることができる方はなかなかおりません。
ですから必ず何からの後悔の思念を残すのです。
こちらの鑑定では未来のあなた様がエンディングノートに書き記したことをお伝えする鑑定となります。
もし、こちらの鑑定をご希望の場合は
・お名前
・生年月日
・血液型
の3点を添えてご相談ください。(※有料鑑定です)