三日月はづきと予知霊ミカがお送りいたします。
二百十日をご存知でしょうか?
二百十日とは、立春から数えて210日目にあたる日のことです。
この時期は昔から台風や暴風による農作物への被害を警戒する時期とされ、各地で風祭・風鎮祭が行われてきました。
特に昔は、農作物が収穫を迎える大切な時期と台風の時期が重なるため、風による被害は非常に大きな問題でした。
そこで風の神様を鎮め、農作物や家、人々の安全を祈る行事が各地で行われるようになったのです。
岡山県神社庁でも、二百十日前後に風の神を鎮める風鎮祭が行われていることが紹介されています。
つまり二百十日は、昔から「風」と非常に関係の深い日なのですね。
今回はこの二百十日に行うべきことをまとめてみました。
プロも実際に行っている二百十日に行うべきスピリチュアルなこと
換気+清掃を実践する
換気に関しては、新しい流れを作る上でとても重要です。
普段から換気をしている方も、二百十日にはいつもより少し長めに窓を開けてみましょう。
私は毎日朝と夜に10分ずつ換気しておりますが、二百十日には少し長めに20分ずつ換気しております。
ただし台風や暴風などで天候が悪い場合は、無理に窓を開ける必要はありません。
安全を確認した上で行いましょう。
換気についてはこちらの記事をご参照ください。
そして換気だけでなく、玄関・窓・ベランダの掃除もしましょう。
特に玄関や窓は、外と家の中をつないでいる場所です。
二百十日は風と関係の深い日なので、風を邪魔する不要な物を片付ける、という考え方です。
玄関に出しっぱなしになっている物、窓の近くに置いたままになっている物、ベランダに放置している物などがあれば、この機会に整理してみてください。
停滞しているものを外へ送り、新しい流れを入れるつもりでしっかりと掃除しましょうね。
風に向かって手放したいことを叫ぶ
まず、紙に
「もう必要のない習慣」
「執着している人物」
「終わらせたい悩み」
「昔の失敗へのこだわり」
などを書きます。
頭の中だけで考えるのではなく、文字として書き出すことがポイントです。
何を手放したいのかを目で確認することで、気持ちの整理もしやすくなります。
その後、屋外や窓辺で風を感じながら、
「これはもう私には必要ありません!」
と叫ぶのです。
大声を出せない環境であれば、周囲に迷惑にならない程度の声でも構いません。
大切なのは、手放したいことを意識しながら言葉にすることです。
紙そのものを屋外へ飛ばすのは当然NGなので、細かく破ってごみとして捨てます。
風に乗せて紙を飛ばしたくなるかもしれませんが、これはゴミを外へ捨てることになってしまいますのでやめましょう。
二百十日は風に関する厄日でもありますが、同時に風の力を利用しやすいのです。
風は同じ場所に留まり続けず、次々と場所を移動していきます。
そのため、もう必要のない考えや執着を手放すという行動とも非常に相性が良いのですね。
この日に手放す宣言を叫ぶことで、指定のことを手放しやすくなるのです。
実際、私もこの宣言で多くのことを手放すことができております。
風の音をしっかりと聞く
これはかなり二百十日らしい方法です。
5~10分程度、スマホも音楽も使わず、風の音、木の葉の音、空気が肌に触れる感覚だけに意識を向けましょう。
普段は風が吹いていても、風そのものを意識して過ごすことは意外と少ないものです。
スマホを見たり、音楽を聞いたり、仕事のことを考えたりしていると、目の前で吹いている風にもほとんど気づきません。
そこで二百十日だけでも、風そのものを感じる時間を作ってみるのです。
木の葉が揺れる音、風が建物の間を通る音、肌に触れた時の温度などを感じてみましょう。
現代的には一種のマインドフルネスですが、風という二百十日の力を糧にすることができますよ。
風の超パワーは、その人の素早さや行動力を底上げしてくれることがございますからね。
何かを始めたいのになかなか動けない時や、長い間同じことで悩んでいる時にも取り入れやすい方法です。
風の神様に参拝する
実はこれが最も本来の二百十日に近い行動です。
二百十日には昔から風水害を避けるための風祭・風鎮祭が行われてきました。
例えば神明社では毎年9月1日に「風祭」を行い、風水害除けを祈っています。
2026年も9月1日に祭典予定です。
したがって、
「二百十日に神社へ行き、自然災害からの安全を祈る」
というのは、後から作られたスピリチュアル習慣ではなく、昔からの信仰とかなり直接的につながっています。
近くに風の神様を祀っている神社がある場合は参拝してみても良いでしょう。
風の神様を祀っている神社が近くになくても、普段参拝している神社で自然災害からの安全を祈ることはできます。
願い事を大量に並べるというよりも、家族や住んでいる地域が無事に過ごせるよう祈ってみましょう。
自然に対して感謝する
二百十日は「自然をコントロールする日」というより、
「人間は自然には勝てないことを思い出す日」
と捉えた方が本来の意味には合っています。
昔の農民にとって、収穫直前に暴風が来れば一年の努力が失われる可能性がありました。
寒河江市の記録でも農作物を風害から守るために風祭が行われていたことが確認できます。
現在ではスーパーへ行けば一年中さまざまな食べ物を購入できますが、その食べ物も自然と無関係ではありません。
雨が降り、太陽が照り、作物が育ち、それを育てる人がいるからこそ食べ物を手にすることができます。
そのため、
「今年ここまで無事に過ごせたこと」
「食べ物が手に入ること」
「住む場所があること」
などへの感謝を行う日として使えます。
普段は当たり前だと思っていることを改めて見直すだけでも、二百十日という日を意識して過ごす意味はございます。
家や仕事の備えを確認する
あなた様はしっかりと防災用品などは用意しているでしょうか?
これが意外と重要です。
スピリチュアルというと瞑想や願望実現ばかりになりがちですが、二百十日の本来の精神は、
「災害が来る前に備える」
ことでもあります。
防災用品、非常食、モバイルバッテリー、避難経路などを確認してみましょう。
非常食の賞味期限が切れていないか、懐中電灯が使えるか、モバイルバッテリーが充電されているかなど、普段あまり確認しない部分まで見ておくと良いですね。
また、台風が来た時にベランダや庭の物が飛ばされない状態になっているかを確認することも大切です。
これは現実的な行為ですが、「自分と家を守るための結界を現実世界にも作る」と考えることもできます。
祈るだけではなく、現実の備えも同時に行う。
昔から風による災害を警戒してきた二百十日だからこそ、非常に相性の良い過ごし方なのです。
